2007年 01月 31日
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その手に触れたときのことは、今でも覚えている。随分と昔のことのような、つい、昨日のことのような、時間の流れをまるで無視したまま、私の心に焼き付いている。
それは、残酷なほど、鮮明に。
満月の夜だった。雲間から、白い光が闇を照らした。寒い夜で、空気が澄んでいて、いっそう月がきれいに見えた。思わず立ち止まり、空を見上げる。とりとめのない思いをその白い光に馳せていた。
と、雲が、月を隠した。そのわずかな闇の中に、彼は現れた。
暗くて姿は見えなくとも、彼が何者であるかはおおよそ想像がついた。
(海賊……)
けれどどういうわけか、不思議と恐ろしさのようなものは感じなかった。陸地に海賊が居るということは今夜この港で掠奪が行われているということで、そう、私は、惨劇が繰り広げられているであろうその火の海から、独り、逃げてきたのだった。走って、走って、脇目もふらず、走って、どれだけ走ったのか分からなかったけれど随分逃げて来たのだろう。気がつくと、周りに人の影はなく、騒ぎは遠くに聞こえていて、もう、大丈夫だと足を止めた。その矢先の出来事だった。
「……」
「………」
私も、その海賊も、無言のまま対峙していたが、僅かずつ、海賊は、こちらへ近付いてきていた。私の背後にはまだ道が続いている。まだ逃げる余地はある。けれど、もう既に体は疲れ切っていたし、この至近距離で海賊と鬼ごっこなどしたところで逃げ切れるはすもない。その時はもう、あきらめていた。ここで殺されるのだと。そういう運命なら、それでいい。できるだけの抵抗はもう十分した。観念して、目を閉じた。瞼の向こうに、急に眩しい光を感じた。海賊が、手にしていたランタンをかざしたようだ。もう、いよいよ、終わりだ……と、思った。
「…なんだ、女か」
忌々しそうな溜め息とともに、予想外の言葉が、その男の口から吐き捨てられた。激しい違和感を感じる台詞だった。海賊といえば、金品を奪い、男は殺し、子どもも殺し、女は犯して惨殺する…この目で見た事はないが、そういうものだと思っていた。なのに、女を目の前にして落胆するだなんて。
(もしかして、海賊じゃないのかも?)
おそるおそる、目を開けてみた。ランタンの火が眩しくて、細めた瞼の隙間から見えたその姿は、大きな羽根飾りのついた黒い海賊帽子、腰には剣を差している。やはり、海賊に、見える。
「…待って!」
よせばいいのに、何を思ったのか、私は、踵を返して去って行こうとするその海賊らしき男の手を、掴んだ。
その時の、感触。今でも忘れることのできない、後にも先にも、感じた事のない感触。
(温度が、ない)
温かくも、冷たくもない、自分と同じ温度でもない、いや、温度そのものが、無かった。
「何だ、」
言葉を失って呆然とする私の方をゆっくりと振り返って男が言った。
「……」
「………」
「……泣くほど恐ろしいなら、その手をさっさと放したらどうだ?」
そう言われて初めて、自分が涙を流していることに気がついた。しかも、男の手を握ったまま。
確かに、何もないということが、こんなに怖いことだとは知らなかった。触れた瞬間、体が固まった。それは、“無”に対する恐怖かもしれない。
けれど、涙は、違ったと思う。恐怖と同時に、どうしようもない哀しさが溢れてきたのだ。それは何故なのか、どこからくるものなのかは分からなかった。けど、とにかく無性に哀しくて、それで、知らぬ間に、涙を流していた。
「…ちが…っ」
違う、怖くて泣いてるんじゃない、と言いたかったけれど、声にならなかった。かわりに、握っていた手に、力を込めた。どんなに強く握っても、やはり温度のないその手に、ますます涙は止まらなかった。
男は、少し困惑しているようで、短く溜め息を吐くのが分かった。無理もない。妙な行動をしていると、自分でも十分自覚はあった。
と、突然、握っていた方の手を、強く引っぱられ、男の方へ引き寄せられた。暗闇にもうすっかり目が慣れてきたので、至近距離で見る男の顔ははっきりと認識できた。
そして、一瞬の、できごと。触れるか触れないかの、掠めるような口づけをされた。その手と同じように唇にも温度はなかったけれど、何か、温度とは違う、あたたかさを、ほんの少し、感じたような気がした。
呆気にとられている私の手をするりとほどくと、男は、今度こそ、背中を向けて、闇の中へ、戻って行った。
その時、彼はたしかに、何かを呟いた。けれどそれは、夜風にかき消されて、聞き取る事ができなかった。
彼の提げたランタンの灯りが遠く闇に消えるまで、私はそこに立ち尽くしていた。ふと周りが明るくなった気がして、視線を上げると、さっきまで雲に隠れていた月が、また、その白い姿を、現していた。
闇の中だけで出会ったあの黒装束の海賊のことを、今でも忘れることはない。特に満月の夜は、彼を想って、涙が零れる。
彼は、何者だったのだろうか。もしかすると、人間ではなかったのかもしれない。あの、温度のない手は、生きた人間のものとは、到底思えない。
けれど、もう、恐怖はひと欠片も残っていない。今、彼は、何処で、何をしているのだろうか。生きて、いるのだろうか。
あの、痛々しいほどに、憎しみと、哀しみを湛えた瞳で、今も。
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なーんてね。フフっ(・∀・)
ていうかボッサ、手袋してたよな?有り得ないぜこの↑話www(こんだけ書いといてそんな…w)
ボッサねー三作目公開されないことにはあんまり踏み込んだこと書けないんだよなー。ボッサのおはなしは書きたいんだけど。需要なくても書くよっ!
死にかけボッサ介抱とかしたいなーいいなー弱ってるボッサ。最高!うっへへw
やっぱティアさんが助けたのかなボッサのこと。ティアさんとボッサは大人の関係だったりするのかな!!(゜∀゜)=3
あああ早く早く公開されてよ三作目〜!!!!!!